2008年8月10日日曜日

それにしても厄介な新聞

チベット人を物笑いにしふざけている投稿者。
それを選んで紙面に載せる朝日新聞。
例の法務大臣に対する”死神”発言といい、
今回のこのことといい、人の心もてあそびふざた態度は
許すことができない。
この新聞、日頃人権だプライバシーだのとわめき、
世間では権威あるオピニオンリーダーを気取っているところに
二重の不気味さを感ずる。
こんな新聞に世論をミスリードされてはたまらない。

われわれにできることは朝日新聞を買わない、読まない、
そのことを実行しよう。
朝日新聞によって日本はオカシクなった
その認識みんなが持とう。





◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆「宮崎正弘の国際ニュース・早読み」     平成20年(2008年)8月10日(日曜日)通巻第2282号  (日曜版)△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~<<<< 今週の書棚 >>>>   ♪岩田温『チベット大虐殺と朝日新聞』(オークラ出版)@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@ 朝日新聞の川柳に「五輪前、どうにも邪魔な 生き仏」という投稿が採用された(08年3月20日、朝日歌壇)。 ――無神経だなぁ。 いつぞや、「歳時記に 憂国忌という こわい季語」というのが読売川柳に採用された。昭和四十七年頃だったが、おなじようなメンタリティ、度を超すおちゃらけである。 著者の岩田氏は「ふざけすぎ」と朝日新聞に抗議の電話をかけたところ、「あれは中国を批判しているもの」と朝日の担当者は話題を巧妙にすり替えようとしたそうな。 そもそもチベットに於ける人民解放軍の大虐殺を「解放」と呼んで、中国共産党の宣伝部の役割を自ら買って出ていた朝日新聞が、鳩山前法相に投げた『死に神』そのものではないか。 そこで1945年からの朝日新聞が報じた6000件ものチベット記事を時系列にさぐって、論調がいかに変わったのかを検証したのが本書、凄い労作である。 毎日大学図書館へかよって、過去60年のファイルをしらべ、スクラップを作ったというから、それだけでも歴史家の仕事である。 以下、本書に従うと朝日は1952年GHQが占領を終えて日本から去るまでに比較的まとも、チベット問題に冷静、かつ中立的であった事実が浮き彫りになる。 侵略を「中共のチベット侵入」と表記した朝日は、「中国は十八世紀以来チベットに対して宗主権を主張してきたが、それは名目上のものに過ぎなかった」(1950年11月2日) と書いていた。 「中共がチベットを制圧すると、共産主義の脅威は東南アジアからさらに中東まで及ぶことになる。ネパールやブータンのような緩衝国の地位は少なからず不安になる。千三百マイルにわたって国境を接するインドも、共産主義の浸透に対しては重大な関心」(50年10月29日社説)。 この時点までは朝日は「共産主義は悪」という前提で、中国も「中共」というタームで捉えている。 この姿勢ががらりと変調し、北京にべったりになるのが52年から、その後の同紙の論調の凄まじき変貌ぶりに関しては述べるまでもないだろう。「侵略」と「文化破壊」を「近代化」と言いつのり、チベット人虐殺を奴隷解放のためとすり替えた。チベットの文化を守ろうとする者に分離分裂主義の策士だと言いつのり、要するに朝日のメンタリティにおいては中国共産党が是であり、チベット独立は非なのである。どうしてそんな貧弱な発想しか出来なくなったのか、朝日新聞の思考停止ぶりについて学究的に掘り下げている。哀れを催す知的退廃だが、まだこんな新聞を読んでいる国民は、もっと哀れである。本書はチベット問題のみならずメディアのあり方を考える意味に於いても、おおいに参考になった。       ◎ ◎ ◎ ◎ 

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