中国の、チベット民族への暴力を知り、又見ると。
軍事力を持たない故の悲しさを肌に感じる。
ダライ ラマ法王が、”チベットが消えつつある”
と悲しく語るテレビを観ていて、
なんともやりきれない思いをだいた。
心優しい祈りの民族チベットが、好戦的漢民族の支配を受けながらも
それをどうすることもできない、
この世界の現実に、暗澹たる思いをだいている。
今回の事件で日本への教訓としては、やはり力(軍事力)がないと、
こうなるのだと知ったことである。
かってわが国でも大手を振っていた、非武装中立なる概念が
いかにノーテンキな概念で、絵空事の考えであったかと思う。
”世界は話せばわかる”などという、善人ばかりで世界はできていないのです。
一党独裁で、内部で何がおこなわれているのか、まったく不明な、
不気味な国が 私たちの隣に複数存在して居るこの現実を直視しないで、
防備を怠ればアメリカインデアンがそうであったように、
南米やオーストラリヤの諸民族がそうであったように、
今まさにその過程のチベットのように、
暴力で押さえつけられる日が来るのではないだろうか。
私はそれを真剣に恐れている。